衝立

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その日は朝から天気がよかった。僕と友人Bはともに友人Aに案内されて車中の人となっていた。これからAの実家に遊びにゆくところである。Aは高校に入ってからの知合いであるが、家が比較的近かったこともあり、親しくしていた。ただ、ちょっと変わったところがあり、通学の電車の中から、途中に見える東京拘置所の空を指して「神様が見える」などと言い出すことがあった。彼の言う「神様」は彼流の表現で、一般に言う「霊」のようなものを指しているらしい。そう言えば、東京拘置所内には死刑囚もいるし、死刑執行を行なう場所もあるらしい。彼にはそういった人々の怨念が「神様」という形で見えていたのかもしれない。
列車はやがてAの故郷の駅に着き、僕らはAの実家へと向った。Aの実家はよくいう田舎の旧家で、大きな母屋に障子で仕切った部屋がいくつもならんでいる、という感じだ。僕らは実家の方々に挨拶し、荷物を置いてAの案内で近くを散策なぞしてその日を過ごし、田舎の休日を満喫した。
やがて夜になり僕らは家族とともに夕食を食べた。家族はAの両親、兄弟達である。Aの祖父はかなり前に亡くなっていたが、祖母はつい最近亡くなったばかりであった。しばらく談笑などして時間をすごしたが、そろそろ寝る時間となった。Aの母親に案内された我々の寝所は、いわゆる仏間であった。もちろん彼の部屋もあったのだが、流石に3人寝るにはちょっと狭い。ということで現在なにも置いていない仏間ということになったらしい。部屋は三方が障子で仕切られており、一方に壁一面の大きな仏壇が据えられていた。かなり広い部屋で3人が川の字で寝るにも余裕があり過ぎるほどだった。
高校生3人であるから最初はバカ話しなぞしてなかなか寝ようとしなかったが、旅の疲れもありしだいに眠くなって来た。布団はすでに敷いてある。そこで誰がどこに寝るか、ということになったが、僕もBも友達とは言え、流石に他人の家の仏壇の真ん前で寝るのはいい気持ちがしない。それはそうだということで、仏壇に一番近い所にAが、そしてB、そして僕という順番となった。
夜は更けていったが3人ともなかなか寝つけなかった。突然Bが布団をはね除けて起き上がった。「やっぱ、気になるよ。」Bは言った。目を閉じているとは言え、Aと僕の布団を挟んでその向こうに壁一面の仏壇があるという事実はBに言い知れぬ圧迫感を与えていたらしい。「ちょっと待ってくれ」と言ってAは仏間を出ると玄関の方に歩いていった。そして戻って来たAは畳一枚ほどもある衝立をずるずると引きずって来た。田舎の家によくある、土間から中が見えないように置いてあるやつだ。我々も昼間訪れた時に目にしている。「これ置いてれば少しはましだろう?」そう言ってAは笑いながら衝立を自分の布団と仏壇の間に置いたのだった。

それに最初に気が着いたのはBだった。時刻はすでに午前2時をまわっていたかもしれない。突然、Bが僕の脇腹を指で突いて来た。僕は意識が朦朧としていたが、かろうじてBの方に顔を向けた。Bが押し殺すような声で言った。「でっ…出た。」僕は最初言っている意味がわからなかったが、やっと慣れて来た闇の中でBが僕の後ろの方を指差すのが見えた。そして僕は言い知れぬ戦慄を覚えながらも、Bの指差す方向、すなわち壁一面の仏壇の方へ振り返ったのだった。

そこに僕が見たものは、白装束の老女が、おそらくはAの祖母であろうと推測できたが、衝立の上から身を乗り出し、自分の孫の寝顔に見入る姿であった。僕はすぐには目の前の現実を理解することができなかった。老女はしばらくAの寝顔をながめていたが、ゆっくりと顔を持ち上げた。老女の視線と僕の視線が交差した。「ひゃっ」僕は迂闊にも声をあげてしまった。老女の形相がみるみる変わってゆくのがわかった。その顔はさっきまでの自分の孫を見る慈愛に満ちたものではなく・・・・・

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